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習い事に通っているのに、なぜ勉強ができないのか

―― お子さんは、どういう子から選ばれていますか

塾をやっていると、早い段階で気づくことがあります。

友達のいない子に、成績の振るわない子が多い。

これ自体は昔から言われてきたことで、研究でも友人関係と学力のあいだに安定した関連が繰り返し確認されています。特に驚くことではありません。

私が長く分からなかったのは、その逆でした。

毎日習い事に通い、学校でも孤立していない。同年代と過ごす時間は、私が子どもの頃よりむしろ多い。それなのに成績が振るわない子が、同じくらいたくさんいます。

もし「人と接する量」が問題なら、この子たちは説明がつきません。接触量は足りています。むしろ多い。

なのに、なぜこうなるのか。

勉強ができる子は多様ですが。できない子は類型が似ています。

長いこと考えて、一つの答えにたどり着きました。今日はその話をします。


バラバラに見えて、一箇所に集まっている

忘れ物、不注意、衝動、段取り、切り替え、感情の立て直し、初見問題、読解。国語の問題と忘れ物は、普通は別々に扱われます。片方は勉強の話、片方はしつけの話として。

ところが、脳の働きとしては、これらはかなり近いところに集まっています。

心理学ではこれらをまとめて実行機能と呼びます。目標を保持し、注意を向け、余計な反応を抑え、状況に応じてやり方を切り替える。この働きを中心的に担っているのが、額のうしろにある前頭前野です。

ヒトの前頭前野は、身体の成長が終わってからも長く発達を続けます。小中学生は、まさにその途中にいます。

そう考えると、リストの項目は別々の欠点ではなく、一つのものの別々の見え方ということになります。

そして、読解もここに含まれます。


読解問題は、実は実行機能の試験である

このとき主人公はなぜこう言ったのですか。

この設問を解くのに必要なことを分解します。

  • 二ページ前の出来事を頭に保持したまま読む(保持)
  • 最初に浮かんだ答えに飛びつかない(抑制)
  • 自分ではなく、その人物の立場に立つ(視点の切り替え)
  • 複数の解釈を並べて、妥当なものを選ぶ(比較と選択)

読解力の問題というより、これは実行機能の問題です。 語彙を増やしても、読解のテクニックを教えても動かない子がいるのは、たぶんそのためです。試されているのは読み方ではなく、その手前の働きだからです。

初見問題で固まるのも同じです。手順を知らないのではなく、手順がない状況で自分で組み立てる働きが弱い。

だとすると、問うべきことが変わります。

この働きは、何によって育つのか。


数字①:勉強時間では、あまり変わらない

先に、一つ数字を出しておきます。

宿題研究の古典として知られる大規模な統合研究があります。宿題にかけた時間と成績の相関は、こうでした。

相関
小学生ほぼ 0(約 .02)
中学生.07
高校生.25

高校生では宿題の効果があります。小中学生では、ほとんど宿題(勉強時間)の効果がありません。 2006年の再検討でも、この学齢差は改めて確認されました。

「勉強時間を増やした分だけ成績が上がる」という関係は、年齢が下がるほど見えなくなる。 小学生ではほぼ消え、中学生はその移行期です。

机に向かう時間を増やしても、小中学生レベルの勉強では前頭前野は鍛えられません。では、何が鍛えるのか。


遊びを取り上げられたラットの脳

ここで、少し変わった実験を紹介します。

ラットの子どもを使った研究です。透明で穴の空いた仕切りを入れ、姿は見える、声は聞こえる、匂いも分かる、やりとりもできる状態を保ったまま、取っ組み合いのような身体を使った遊びだけを制限しました。

孤独にしたのではありません。仲間はすぐそこにいて、見えているし、やりとりもできる。取り上げたのは、遊びだけです。

そうして育ったラットは、大人になった後の前頭前野に変化が残っていました。神経のつながり方が変わり、状況に応じて行動を切り替える柔軟性にも違いが出たと報告されています。

遊べなかっただけで、前頭前野が変わった。

ラットで起きたことが人間の子どもでも同じように起きる、とは言えません。剥奪の程度もまるで違います。それは強調しておきます。

それでも、少なくとも哺乳類において、同年代との遊びは娯楽ではなく、前頭前野の発達過程そのものに組み込まれているという道筋が、はっきり存在しています。

そして、この実験の設計をもう一度見てください。仲間は見えている。声も聞こえる。それでも、遊んでいなければ足りなかった。


習い事の謎

人間の活動はラットに比べて複雑です。ラットで言う身体を使った遊び。人間の前頭前野をフル活用する行動とは。

冒頭に戻ります。あれだけ通って、毎週何時間も同年代と一緒にいるのに、なぜこの力が育っていないのか。

習い事では、「そこに誰がいるか」を本人が決めていない。

合わない相手でも、来週また会えます。自分から誘えなくても、会えます。集団に入るのが苦手でも、先生が最初から所属させてくれます。喧嘩をしても、大人が間に入って収めてくれます。

つまり、自分の振る舞いと、関係が続くかどうかが、切り離されている。

相手の意図を読み違えても、何も起きません。読まなくても、来週も同じ顔ぶれです。順番を待てなくても、段取りを立てられなくても、大人が全部やってくれます。実行機能を、使わずに済んでいる。

自分で作った関係は違います。つまらなければ次から誘われない。空気を読み違えれば外れる。約束を破れば終わりです。誰も間に入ってくれません。

だから必死に使います。 相手の意図を読み、言いたいことを飲み込み、段取りを立て、負けても腐らず、こじれた関係を自分で直す。楽しそうに見えて、実行機能をフル稼働させています。

学校の班も、部活のチームも、塾の席も、多くは同じ構造です。大人が決めた関係は、切れません。切れないから、使わなくて済みます。

同年代と接触していることと、自分の力で同年代のネットワークを作っていることは、まったく別のことです。

ラットの仕切りと、同じ話をしています。仲間は見えている。それでも足りない。


数字②③:誰の中にいるかは、かなりのことを語る

友人関係と学力について、数字をあと二つ。

アメリカの大規模な追跡調査を使った研究では、親しい友人の平均成績が高いほど、本人のその後の成績も高いという関係が確認されています。もともとの成績などを統制したモデルでも、関連は残りました。

また、12歳前後の子どものネットワークを追った研究では、二つのことが順番に起きていました。まず成績の似た相手を友人として選び、その後友人同士の成績がさらに似ていく。選んでから、影響を受けています。

さらに面白いのは、その一つ外側です。ある研究は友達の友達を調べました。すると、友達の友達の特徴が、本人の大学進学の見通しと高校中退のリスクを、直接の友人とは独立に予測しました。しかも関連の大きさは、直接の友人と少なくとも同程度でした。

子どもが影響を受けているのは、仲のいい二、三人だけではありません。その向こう側の集団まで、届いています。

そうすると、問うべきことは一つに決まります。

その集団を決めているのは、本人ですか。それとも大人ですか。


塾の立場から、具体的に何を見るか

私は塾なので、率直に学力を基準にします。ここでいう「良い仲間」とは、学力の高い仲間のことです。

見るのは二つです。

その子は、自分より学力の高い子を、自分で友人として選べているか。 そして、その学力の高い子からも、繰り返し選ばれているか。

両方が要ります。片方では足りません。

「成績のいい子と同じ習い事に通っています」は、ほとんど情報を持ちません。 先生がそこに配置しただけだからです。

「クラス30人の中で、いつの間にか成績上位の子と遊ぶようになり、その子からも繰り返し誘われている」は、まったく違う情報を持ちます。 30人から自分で選び、相手からも選ばれ、関係が続いている。全部、本人がやったことです。

私はこれを、良質ピア選抜適応能力と呼んでいます。短く言えば、

自分に合う良い仲間を自分で見つけ、その仲間からも仲間として認められ、関係を続けられる力。

そしてこれは、実行機能が現実の場面でまとめて機能しているかを、外から見える形で示しています。テストでは測れません。


この話が言っていないこと

三つ、はっきりさせておきます。

友達の数の話ではありません。 深く続いている相手が一人いれば、そこで起きていることは同じです。

「親が友達を用意してあげましょう」ではありません。 親が相手を選び、約束を取り付け、送迎し、トラブルを処理する。それをすると、習い事とまったく同じ構造になります。用意された時点で、別のものです。

発達特性による対人関係の難しさは、別の話です。 偏りがあって人付き合いに苦労する子が、学習能力が低いわけではありません。この記事は診断の道具ではありませんし、ここに書いた話で脳の状態を判断することもできません。


親にできること

では何をするか。二つに分かれます。場を空けることと、技術を教えることです。

A. 代行をやめる

1. 平日に、何も予定のない放課後を作る

習い事と塾で埋まっていると、自分で誰かを誘う時間そのものが存在しません。減らすのに、お金も手間もかかりません。

2. 約束の手配を、本人にやらせる

誰を誘うか、いつ、どこで、何をするか。親が調整すれば速くて確実です。速くて確実にした分だけ、本人は使っていません。

3. トラブルに、すぐ入らない

安全が脅かされているなら、当然入ってください。そうでないなら、しばらく黙って見ている。関係の直し方は、直した経験からしか身につきません。

B. 技術は、教えていい

ここは誤解されやすいところです。関係を代行してはいけませんが、やり方を教えるのは、代行ではありません。

選ばれるためには、相手にとって一緒にいる理由が要ります。これは残酷なようですが、事実です。そして、この「理由」はかなり具体的で、教えることができます。

  • 約束と時間を守る。 待たせる子は、そのうち誘われなくなります
  • 負けても腐らない。 感情的な子と遊ぶのは、単純に面倒です。勝ち負けのある遊びから外されます
  • ずるをしない、途中で投げない。 一度で信用を失います
  • 話を最後まで聞く。 遮る子は、話す相手として選ばれません
  • 何か一つ、持っている。 ゲームが上手い、足が速い、面白い話を知っている、絵が描ける。何でもいい。集団に提供できるものが一つあると、格段に入りやすくなります
  • 相手の都合を聞く。 「明日遊ぼう」ではなく「明日って空いてる?」

「優しくしなさい」「仲良くしなさい」では、子どもは何をすればいいか分かりません。上のような行動レベルまで下ろして、具体的に教えてください。 これは親にしかできない仕事です。

もう一つ、失敗したあとの戻り方も教える価値があります。謝り方、少し間を置くこと、次に何事もなかったように誘うこと。喧嘩そのものより、その後の処理で関係が決まります。

ただし、技術だけを教えても定着しません。 使う場がなければ、知識のまま終わります。だからAとBは、両方が要ります。


これは仮説です

正直に書いておきます。

ここに挙げた数字は、いずれも相関です。友人の成績と本人の成績が結びついていることは確かですが、どちらが原因かは決着していません。 実行機能が育っている子が、結果として良い友人を持てているだけかもしれない。おそらく、両方が絡み合っています。

ラットの実験も、人間の子どもにそのまま当てはめることはできません。

そして、

自分で仲間を選び、その仲間から選ばれる経験が、学習に必要な力を育てる

という部分は、まだ証明されていません。これは私の仮説です。

ただ、決着を待っているあいだにも、子どもは中学生高校生になります。

勉強時間を増やして効果がなかったとき、失われるのはお金と時間と、勉強への意欲です。放課後を空けて、約束の仕方を教えて、喧嘩に口を出さなかったことが外れていたとき、失われるものは、ほとんどありません。

成績が振るわないとき、増やせるものが勉強時間しかない、と考えなくていい。


最後に、一つだけ確かめてみてください。

お子さんはいま、どういう学力の子たちから、放課後に遊ぶ仲間として選ばれていますか。

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